雲雀は高く空を舞い このページをアンテナに追加 RSSフィード

「ひよこは高く空を舞い」について

2006-05-30

[][]言語相対仮説について 言語相対仮説について - 雲雀は高く空を舞い を含むブックマーク はてなブックマーク - 言語相対仮説について - 雲雀は高く空を舞い 言語相対仮説について - 雲雀は高く空を舞い のブックマークコメント

自然言語処理論・第1回 自然言語処理への誘い - 雲雀は高く空を舞い - ひよこの会のほーむわーく。


言語相対仮説」は「言語相対論」「言語相対説」「言語相対性仮説」また、提唱者エドワード・サピアおよびベンジャミン・リー・ウォーフの名を取って「サピア・ウォーフの仮説」とも称される。これはドイツ言語哲学者ウィルヘルム・フォン・フンボルトにまでさかのぼる仮説であり、以下のように表される。

現実世界はかなりの程度,社会の言語習慣の上に無意識に作り上げられるのであり、それぞれの社会は独自の言語を持つから、社会が異なれば世界も異なる。ある言語にあるものをさす言葉が無ければ、それはその言語の話し手の思考野世界観の一部とならず、ある意味で近くされない

( サピア=ウォーフの仮説 - Wikipediaより)

Language shapes the way we think, and determines what we can think it.

(Matzにっき(2003-07-13)より)

また、言語相対仮説は「弱い仮説」と「強い仮説」とからなり、「弱い仮説」は

概念の範疇化は言語・文化によって異なる

「強い仮説」は言語決定論(linguistic determinism)とも称され、

人間の思考は言語に決定される

とされる。

もっとも、今日では

言語学にも研究史上、「言語と、その話者の文化背景や思考には、相関関係がある」とした立場があった。「サピア・ウォーフの仮説」という。現在ではこの考え方は否定されている。現在の理論言語学は「言語人間の脳で独自のモジュールを形成しており、思考、記憶、価値観などを司る位置とは無関係」と仮定するのが一般的だ。その言語独自のモジュールが破損した症状が失語症で、記憶のモジュールが破損したのが記憶喪失だ。

「サピア・ウォーフの仮説」は、人間言語という生得的な能力を文化に関連づけようとした。この姿勢は、第二次世界大戦中に趨勢を占めた「民族は遺伝的に優劣が決定される」という優生学と同じ発想だ。「サピア・ウォーフの仮説」には言語によって民族差別する政治イデオロギーは働いていなかったが、そう悪用される危険性はあった。現在では優生学もサピア・ウォーフの仮説も、事実としては認知されていない。

( no titleより)

との事である。

現在でも検証は多くなされているようである.

塚崎 崇史,石井 敬子.認知における言語・文化相対性:Sapir-Whorf仮説再考.2004など。(未読)


以下にwikipediaより関連項目のリンクを挙げておく。


また、 インターネット言語学情報:言語相対論より、

ウォーフの言語観は、彼のホームページ(http://www.mtsu.edu/~dlavery/Whorf/)に、主著 Language, Thought and Realityからの引用があり、手軽に知ることができる。

 サイバー・スペースでも、言語相対論についてのサイトは数多い。最初にLinguistic Relativity Resouce Center (http://www.baylor.edu/~Erin_Greenawalt/relativity.html) を見てみよう。言語相対論の問題点の詳しい紹介とともに、著名な言語学者の賛成・反対意見が要約掲載されている。『言語を生み出す本能』(NHKブックス)の著者スティーヴン・ピンカーのように生得説に立つ研究者は、普遍主義に立脚している以上、サピア=ウォーフの仮説を頭から否定しているのは当然であろう。しかし心理言語学の分野でのカテゴリー化研究の第一人者エレノア・ロッシュのような研究者も、サピア=ウォーフの仮説には否定的であることがわかる。一方、レイコフのような認知言語学者は、この仮説に好意的であり、いみじくもそれぞれの言語観が言語相対論に対する態度に反映されていると言えよう。

と、様々なリンクが紹介されているが、惜しむべき事にリンク先のほとんどは消失している。

-----

関連項目と私的になった項目をメモ。レヴィストロークとか、ソシュールチョムスキーと言った割とメジャーっぽいヒトたちに付いては1通り読みたい所。

あとで読む


キーワード

, , cat::自然言語処理, あとで読む

cat::ruby

テクノラティプロフィール